即戦力がつく英文法

『即戦力がつく英文法』(DHC) の内容を補足していきます。

即戦力英文法の下地である機能英文法について(3):抽象的コンテクスト

主としてライティングで意識しておく必要のある「抽象的コンテクスト」は、ハリデイ流機能文法では genre と呼ばれています。Martinという研究者によると、抽象的コンテクストとは、「段階を追う、目的意識のある社会的プロセス」です。まず社会の中で言葉を使って他の人々と関わっていく上で意識される要素ですから、その意味で「社会的」プロセス。なんでもいいという話ではなく、説得する、說明するといったことを目的としていますから、「目的意識のある」社会的プロセスです。そして、この目的に向けての行為は一足飛びにやれるものではなく、合目的的行為の積み重ねですから、「段階を追う」プロセスです。

例えば、英文契約書がそうですが、長年にわたる試行錯誤を経て、今では、冒頭に誰が契約当事者かが表示され、次に本体部分で両者の権利義務やそれを担保する手段が列記され、後半になると期間・通知法・裁判地といった「一般条項」が並び、最後に以上に相違ない旨の文言と当事者の署名が付されます。抜き書きを見せられた場合でも「ああ、契約書の一部だ」とわかるくらい、様式化が徹底しています。

こうした目的別の社会的プロセスをおおまかに図解するとこうなります。契約書の例は、この分類で行けば、「描写する」文章にはいります。

 

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こうした抽象的コンテクストがあるため、文章を作成する人もそのコンテクストで頻出する言いまわしを選ぶので、「いかにも」という感じが醸しだされ、「それらしく」つまり「サマになる」と言えます。

例えば、「本契約は両当事者が調印した日より効力を有する」と言いたいとして、This Agreement shall come into force upon execution by both Parties. という標準的な言い方をしないと「契約書らしさ」が出ません。This contract will be effective when the parties to this agreement sign this agreement. などとすると、文法的には問題がないものの、子供が契約書の真似をしているかの如き稚拙さがあり、使い物になりません。同じことで、一般にわが国の官邸や文科省の英文が「サマになっていない」のは、「官庁英語」ではないからとも言えます。

もちろん、ここでも抽象的コンテクストは具体的コンテクストとつながっているわけで、目的を意識しつつも、「何の話か」「相手は誰か」「伝達形式は何か」を総合した上で、「どういう言葉を選択して、どう言うか」が決まってきます。

よく英語圏に派遣された駐在員の奥さんたちが子供の欠席届ひとつ書けずあわてるという話をききますが、あれも、英語文化固有の様式のあることを実感させられるのに、それがどういうものか具体的にわからないからです。抽象的コンテクストと言うと日常生活と無縁な感じすらしますが、英語を使おうという以上は、隅々までその影響を受けており、常に抽象的コンテクストと具体的コンテクストを考えるようにしないと、せっかく勉強した英語の知識を応用できずに終わってしまいます。

この「抽象的コンテクスト」という言葉、『即戦力がつく英文法』の中では、374頁のチャートに入っている他、379頁、428頁、そして433頁で言及しています。