即戦力がつく英文法

『即戦力がつく英文法』(DHC) の内容を補足していきます。

既存英文法と機能文法の違い

伝統的英文法、特に中学英文法は名詞、動詞といった基本的品詞分類その他の文法用語をおさえ、かつ、平叙文や疑問文の作り方を知るといった基本を学ぶのに便利です。一方、『即戦力がつく英文法』が念頭においている機能文法はその次のステップへと案内するものです。

本来であれば、機能文法の違いを正面から取り上げたかったのですが、それをやると、優劣を争っているなどと無用の誤解をまねきかねません。そこで、本書では、ハリデイ流機能文法そのものの解説は省いてあります。

そうは言っても、やはりハリデイ流機能文法がどういうもので、既存文法とどう違うかを知っておき、その上で、本書を読まれた方がおそらく何倍にも楽しめるかと思いますので、あらためてご紹介します。

ハリデイ流機能文法を学校英文法を含めての伝統的英文法と比べると、以下のように三つの角度から違いを浮き彫りにすることができます。

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目指す役割での違いは、伝統的英文法の担っていた歴史的な役割に由来しています。18世紀イギリスで人々が様々な地方から働き手として都市に集まってきたのはいいものの、あまりに方言がすごくて、コミュニケーションが成り立たず、標準化する必要が生じました。「標準英語」というものが観念されるようになったということです。その標準化の牽引役は書き言葉でした。この点、今のアラビア語の世界と似ています。同じ中東圏でアラビア語を話していても、国が違えば話し言葉は通じないことが多いのに、書き言葉は聖典コーランのおかげで共通だという構図とそっくりです。

英語の場合、「標準英語」の基準となったのはバイブルでなく、ロンドン周辺在住の白人中産階級が使う英語でした。その意味で世の伝統的文法書が描いている英語は、イギリスの "white, middle-class people"  の英語です。(ちなみにアメリカのネイティブ向け文法書はたいてい書き言葉の文法書です)

ルール集ですから、以下のように英語の実際とかけ離れていても、「正しい英語」とされるものが厳しく指導され、テストされることになります。

  • 前置詞でセンテンスを終えてはならない。✕ This is something which I will not put up with. ○ This is something with which I will not put up.
  • TO不定詞自体を副詞で分割することはできない:✕ to boldly go where no one has gone before(有名なスタートレックの一節)○ to go boldly where no one has gone before
  • AND等は2文をつなげる接続詞であり、そうである以上、単文の冒頭で使ってはならない。 ✕ And you should not begin a sentence with a conjunction.

ハリデイ流機能文法はラテン語文法から来ている細かな規則なぞ気にすることがありません。機能文法にとっての言葉は、人に何かしてもらいたいなら「命令文」、情報を求めるなら「疑問文」というふうに、人は自分のニーズに合わせてどういう文法形式を選んでいるかという問題です。あるいは、You can do this. と You should do this. とでは、人はどう受け止め方が違うのか。さらには、自分の発言の調子を一段と弱め、相手が口をはさみやすくするためには possiblyとprobablyとではどう違うのかといったことを通じて、コミュニケーションに供される文法上の選択肢にどういうものがあり、その選択は相手にどう映るのかということを体系化して、ユーザーの道具箱を可視化しようとします。

次に、伝統的英文法は言葉の使い手である人間や社会関係に目を向けませんから、もっぱらセンテンス単位で、その内部構造の解明に努めます。これ対して、ハリデイ流機能文法は、社会関係で言葉が実際に使われるコンテクスト(つまり、何の話か、相手は誰か、どう伝達されるのか)に着目しますから、そのコンテクストに適合する実際の言葉遣いがどう変容するか、あるいは変容されるべきかを見ます。例えば、同じように何かしてもらうのでも、相手が同僚か目上の人かでは言い方も変わるということです。(こういうことを念頭に本書の英文タイトルは An Action-Oriented Approachとなっています)

このようにコンテクストと使われる言葉は表裏一体の関係にありますから、コンテクストを知れば、表現形式も予め想像がつくということでもあります。例えば、「これ、契約書なんだけれど、目を通してくれない」と頼まれれば、shallが連続し、定義されている名詞がすべてキャピタライズされている、ああいう文書かと想像がつきます。

最後に、伝統的英文法は、説明に際してセンテンスが基本単位です。文法体系の要素である上、教えやすいという事情も手伝っています。対照的に、ハリデイ流機能文法は複数のセンテンスが単位です。コミュニケーションでの「やり」「とり」が単一センテンスで済むはずもありませんから、当たり前と言えば当たり前の話です。このことを意識して、『即戦力がつく英文法』でも、コンテクストがわかるよう、複数センテンスだとゴタゴタしてわかりにくくなる場合を除いて、原則として例文は2センテンス以上にしてあります。