即戦力がつく英文法

『即戦力がつく英文法』(DHC) の内容を補足していきます。

即戦力英文法の下地である機能英文法について(2):ハリデイ流機能文法のあらまし

この本が拠り所としているハリデイ流機能文法は、英語ではSystemic Functional Grammarと呼ばれています。 M.A.K. Hallidayが言語学に社会言語学的な視点を取り込みながら、英語の「作り」がどうなっているかより、むしろ英語が「どう使われており、コミュニケーションの目的が異なるに応じて、内心のコンテンツを言葉で具体化するに当ってどういう手順を踏んでいるか」に着目してまとめた言語モデルです。

「選択体系機能文法」と訳されもする Systemic Functional Grammarで言うSystemicは、内心のコンテンツを言葉に託して外部的に表現しようという場合、体系的に整理された選択肢が用意されていることを言います。例えば、何か相手に言いたい場合、情報の授受が目的なのか、相手に何かしてもらいたい、即ち相手の行為が目的かに応じて、I like apples.(わたしはリンゴが好きだ)のような普通の言い方(平叙文)を使うのか、Do you like apples? 「リンゴ、お好きですか?)のように、主語がすぐ出てこない疑問文を使うのか、あるいは、Eat apples.(リンゴを食べなさい)のように主語が省略され、いきなり動詞だけが出てくる命令文という選択肢があり、話し手/書き手のニーズに応えるようになっています。

そもそもわれわれが何のために言葉を使って他の人々とやり取りをしているかと言えば、大きく分けて、情報を求めたり提供したりという「情報の授受」と他の人に何かしてくれと頼んだり、自分の方から何かするといった「給付ないし行為の授受」の二つが柱ですが、それぞれ、具体的場面では、そこでのコンテクスト(言語の使用環境)の下で、どう言葉で表現するかについて選択肢が用意されているということです。

このあたりをイメージ化すれば、こんな感じです。

 

f:id:hinatawritingschool:20150103081658j:plain

 

Functionalとは「ひとは言葉をどう使っているのか」という問題意識に立つと見えてくる、「実際に使用されている言葉の構造上の特性」を指しています。ここで構造上の特性と言うのは、具体的には、コミュニケーションに供される言葉が、「誰が、何を、誰に対して、どういう状況で」というコンテンツ構築の側面(本書第1部で言う、相手に英語として伝わるようにするために必要な文法知識)、「相手はどういう人か、それに応じての自分の立ち位置はどうか」という、話し手/書き手と聞き手/読み手間のインターラクション即ち相互間のやり取りという側面(本書第2部で言う「適切に」英語を使う側面)、そして、これら二つの側面を総合してコミュニケートすべく複数のメッセージを「つなげ、」「ひとまとまりの英語」として伝えるという側面(本書第3部が取り上げる実際的運用能力)の三つから成っていることを意味します。

なお、一般に英文法との関係で「機能」が出て来ると、「質問する」「報告する」といった社会生活上の言葉の使い方、役割を指しますが、この本で言う「機能」は上で説明したとおり、言葉がコミュニケーションに供される際に意識すべきコンテンツ構築、インターラクション、ディスコース(実際的運用能力により「つながっており」「まとまりのある」言葉)という「構造的な属性ないし特性」の総合されたダイナミズムを指しており、状況別の言い方とは異なるものです。

言い換えれば、ハリデイ流機能文法は、語形変化や並び順といった英語の解剖学に終始せず、いわば生理学的見地から英語が実際に使われる「環境」にまで目を配っている学習モデルと言えます。環境を踏まえた上で、話したり書いたりする際、状況に見合う選択肢としてどのような文法形式が用意されており、普通、英語ユーザーがどのように選択しているかを説明してくれます。したがって英語の実際に触れた経験が浅いと実感しにくいかもしれません。

追記:ハリデイ流機能文法を勉強しようという場合、基本書は当然、有名な An Introduction to Functional Grammarです。最新版は4版で、Christian Matthiessenが改訂を担っています。しかし、いきなりこれを(と言っても第3版)読んだときは、さっぱりでした。それでさかのぼって、1985年に出ている Halliday単著の An Introduction to Functional Grammar、さらに1973年刊の Explorations in the Functions of Language を読み、ようやく何を言っているのかが見えてきました。アマゾンのレビューで誰かが言っていましたが、まさに It changes the way you look at language in use. でした。特に、古いものを読むメリットは、あとになってくると当たり前のように使われている言葉の意味があっさり説明されているものに出会えることです。例えば、meaningが、language is doing somethingのことだとわかります。また、本書第1部のテーマ、representational が"I've got something to tell you" function、第2部のテーマ、interpersonalがthe "me and you" function と平たく説明されており、大助かりでした。(ちなみにこの分野の日本人研究者は representationalを「観念構成的」、interpersonalを「対人的」と訳しています)

 

CEFRが言うコミュニケーション能力について

CEFRはコミュニケーションのための言語能力を

linguistic competences

sociolinguistic competences

pragmatic competences

という3つの側面から取り上げています。

要するにコミュニケートするというのは、一定のコンテクストの中(だから社会言語能力が必要)での具体的言語活動(だから実際的運用能力が必要)に関わる言語という記号の体系を操作する(だから文法知識が不可欠)ことだと解されます。

どういうものか、絶版になっているCEFRの日本語訳が以下で公開されています。上の説明に対応しているのは、これの、5.2.1 (116頁 ) から 5.2.3 (136頁)の部分です。

http://www.dokkyo.net/~daf-kurs/library/CEFR_juhan.pdf

この部分をお読みくだされば、『即戦力がつく英文法』の序章がわかりやすくなるかもしれません。

即戦力英文法の下地である機能英文法について(1):コンテクスト

『即戦力がつく英文法』は、ハリデイ流の機能英文法 (systemic functional grammar) の独特の用語を避けながらも、その趣旨を織り込んだつもりです。そのハリデイ流機能文法の柱のひとつがコンテクスト、つまり言葉が使われる環境です。

ハリデイ自身、コミュニケーションに供されるひとまとまりの言葉=テキストを指してa representation of a sociocultural event, embedded in a context(コンテクストに包摂されている社会文化的事象の表れ)と言っているくらいです

コンテクストというものがあるからこそ、小説の一節を見せられれば小説とわかり、また、契約書の一部を見せられた人は、(普通の英語ユーザーである限り)「ああ、小説か」「ああ契約書の一部だな」とわかるわけで、その意味で、英語のテキストの本質と言えます。

コンテクストは、具体的には状況・目的・話題)のことで、図解すると、こんな感じです。ポイントは、実は単語力や文法知識がこの3つの分野にまたがっていることで、『即戦力がつく英文法』では、そのつど三方向から見当するようではゴタゴタするので、三部の構成に分けましたが、実はどんなテキストも常に「何の話?」「相手は?」「メディアは?」という三方向から考えるべきで、この3つはいわば同時並行的に存在する要素と言えます。(普通に話す人は、日本語でもそうですが、同時並行的にこの三要素を処理しているわけで、改めて人間の言語能力はすごいと感心させられます)

 

f:id:hinatawritingschool:20150102101204j:plain

 

上の「何の話?」に対応しているのが本書の「第1部:正確に英語を使う」、「相手は?」に対応しているのが「第2部:「適切に英語を使う」、「メディアは?」に対応しているのが「第3部:手順どおりに英語を使う」です。

具体的コンテクストというのは上で説明したとおり、状況・目的・話題」のことで、例えば、これに応じて、He put on his jacket in a hurry.と言うのが普通か、あるいは、He put his jacket on in a hurry.と言った方が(英語感覚として)自然なのかが決まってきます。

この「具体的コンテクスト」を指してハリデイ流機能文法は registerと呼んでおり、それを規定し、そこでのregister全体の守備範囲ないし射程距離を画する三大要素として field, tenor, modeを挙げていますが、本書では、fieldを何の話なのかというコンテンツとして捉え、tenorを人間関係のゆえに必要となるインターラクション上の適切さ、そして、mode を話し言葉か書き言葉かという伝達手段の違いとして捉え直しています。

このあたり、一番参考になったのが、 Débora FigueiredoのContext, register and genre: Implications for language educationという論文でした。

抽象的/社会的コンテクストは、ハリデイ流機能文法では genre と称されています。端的には説得する文章では、起承転結では通用しないよという英語文化に由来する「縛り」です。

文化的言語感覚は、日本語では「なる」動詞が多用されるのに、英語だと「する」動詞が好まれるとか、あるいは、英文ライティングでは「書き手責任」で解釈の余地を残さないよう気を配るのに、和文ライティングだと「読み手責任」であって解釈の余地が敢えて行間に残されるといった文化の違いに由来する好みの問題です。さらには日本語がハイコンテクストであり、何から何まで言葉に出して言わないのに、英語がローコンテクストであり、すべてを言葉に託そうとするという違いも、こういう言語観の違いを反映しています。

 

 

 

 

 

『即戦力がつく英文法』の目次の詳細化

『即戦力がつく英文法』、索引をつけてくれとの声が寄せられています。編集者にしてみれば、目次を詳細にしたからあれで十分と考えたようですが、レベルが十分掘り下げられておらず、取り上げている語句もわかりません。

  そこで、最下位の見出しとその中身まで拾い、索引も兼ねるような詳細な目次を作成し、Dropboxで公開しました。

  個々の項目でどんな単語やフレーズの例文が載っているかまでわかり、当初のねらいである語彙本位の文法書という性格を浮き彫りにできたかなと感じています。

 A4片面47頁

Dropbox - 即戦力英文法の詳細な目次.pdf

A4(横)25頁 (主要な見出しをブルーにし、言語標識の項、ニュアンス別に補充してあります)

Dropbox - 即戦力英文法の詳細な目次2.pdf